8.医療は社会インフラか、サービス産業か

医療をどう位置づけるかという問いは、医療制度改革の議論において繰り返し現れます。
「医療は命を守る社会インフラであり、市場原理になじまない」
「医療も一つのサービスであり、経営の視点が不可欠だ」

どちらも一理ありますが、問題はこの二つが対立概念として語られがちなことにあります。現実の医療は、そのどちらか一方では成立しません。

社会インフラとしての医療

医療の最も重要な側面は、社会インフラとしての役割です。
災害時や感染症流行時、あるいは救急・産科・小児医療のように、採算性に関わらず提供されなければならない医療があります。
これらは市場に委ねることができず、公共性を前提に設計されるべき領域です。

日本の医療制度は、国民皆保険制度のもとで、このインフラ機能を比較的うまく維持してきました。
どこに住んでいても、一定水準の医療を受けられる。この価値は、今後も守るべきものです。

サービス産業としての医療

一方で、医療は明らかに「組織」と「人」で成り立つ活動でもあります。
人材確保、労働環境、設備投資、業務効率,これらを無視して医療は成り立ちません。

医療をサービス産業として捉えるとは、営利化を進めることではありません。
限られた資源をどう配分し、どこに集中させるかを考えるという意味です。
経営感覚を排除した医療は、結果として現場に無理を強いることになります。

日本の医療が苦しくなっている理由の一つは、医療の性質(公共性・効率性・地域性)の違いを十分に区別しないまま、同じ水準・同じ形での提供を目指してきた面があることではないか、と私は考えています。

これからの医療には、「医療の公共性」に加えて,「サービス産業としての医療」という二重構造(両面性)を前提にした設計が必要かもしれません。

すべてを公共事業として守ろうとすれば、財政も人材も持ちません。
すべてを市場に委ねれば、守るべき医療が失われます。

重要なのは、「どちらかを選ぶこと」ではなく、どこで切り分けるかを合意することです。

この再設計は、行政だけでも、医療者だけでも成し得ません。
現場を知る医療者、制度を担う行政、そして医療を利用する国民が、それぞれの立場で現実を共有する必要があります。

制度資料や統計(厚生労働省、OECD)は、そのための共通言語にすぎません。
本当に必要なのは、「どの医療を社会として守るのか」という選択を、避けずに語ることです。

次章では、フリーアクセスという日本医療の象徴的な仕組みを取り上げます。
それが本当に強みであり続けるのか、それとも再設計が必要なのかを整理していきます。