13.出来高払いは悪者か ―日本の診療報酬の基本構造―

「出来高払いは医療費を増やす元凶だ」
そんな乱暴な議論を耳にすることがあります。たしかに、出来高払い(医療行為ごとに点数がつく仕組み)には“量が動きやすい”側面があり、制度設計として注意が必要です。出来高払いを単純に「悪者」と決めつけるより、まず仕組みを整理して、何が強みで何が弱点なのかを冷静に見た方がよいと思っています。

厚生労働省の資料によれば、診療報酬は原則として、実施した医療行為ごとに点数を積み上げ、1点を10円として計算する、いわゆる出来高払い制だと説明されています。 全国共通の「点数×10円」という物差しがあることで、保険診療の範囲と価格が制度として定義され、請求や支払いのルールが揃う。出来高は、その土台を作っている仕組みだと言えます。

お金の流れも比較的はっきりしています。医療機関等が月ごとにレセプトを審査支払機関(支払基金・国保連)へ提出し、審査支払機関が審査したうえで保険者へ請求し、支払われた診療報酬を医療機関へ支払う、という一連の流れが整理されています。 支払基金は、レセプトを審査して保険者へ請求し、保険者からの支払いを受けて医療機関へ支払う役割を担っています。

出来高払いの良いところは何でしょうか。私は第一に、現場の多様性に対応しやすい点だと思います。患者さんは一人ひとり違い、診療は予定どおりに進まないことも多い。必要な検査や処置を“行為ごと”に積み上げていける出来高は、現場の柔軟性と相性がよい面があります。第二に、どの行為にどれだけの対価が支払われているかが(少なくとも形式上は)見えることです。ここは「透明性」と言ってよいのかもしれません。

一方で、弱点もはっきりしています。行為ごとに点数がつく以上、「量」を増やす方向に動機づけられます。また点数体系は複雑になりやすく、現場の事務負担や審査側の負荷も増えます。実際、審査支払機関が扱うレセプト件数が極めて膨大であることは、公表資料からも確認できます。 出来高は、運用するだけでも相当の社会コストを伴う仕組みだ、という現実も押さえておく必要があります。

出来高払いは、善悪で片付けるべきものではなく、「性格がはっきりした報酬制度」だと思います。うまく利用すれば、現場の柔軟性を守れます。一方量のインセンティブが働きすぎたり、複雑化で疲弊したりする欠点もあります。だから議論すべき事は、「出来高か包括か」という二択ではなく、どこを出来高で残し、どこを包括で束ね、どこに要件(質・安全・体制)を置くか、という“組み合わせ”の問題かもしれません。

次回は、その組み合わせの代表例として、急性期入院で導入されている包括評価(DPC)の考え方を取り上げます。出来高と何が違い、何が良くなり、どこで苦しさが出るのか。現場の目線で整理してみたいと思います。