20.政策と現場のギャップはなぜ生まれるか ―平均と個別のズレ、そして次章(地域医療)へー

医療政策の議論を追っていると、「言っていることは分かる。でも現場の実感とは噛み合わない」と感じる場面が多くあります。政策側は現場を少しも分かっていないと叫びたくなります。一方政策を担当する人からすれば,現場は日本医療の実情や政策を全く理解していないと感じているかもしれません。個々ではもう少し冷静に考えてみます。私はもっと構造的な理由があると思っています。鍵は「平均」と「個別」のズレです。

政策は、基本的に“全国の平均像”を相手に設計されます。制度として公平性を担保し、財源の見通しを立てるには、一定の標準化が不可欠だからです。たとえば診療報酬改定の「基本方針」も、全国の医療提供体制や財政状況を踏まえた大枠の方向性として公表されています。ここに書かれている言葉は、どうしても抽象度が高くなります。抽象度が高いのは、各地域・各病院の事情が違うことを前提に「まず方角だけ示す」必要があるからかもしれません。

一方、現場は常に“個別”に向き合っています。平均的な患者さんなど存在しません。患者さんの背景、家族事情、合併症、地域の受け皿、病院の人員、救急の逼迫度――同じ病名でも、必要な手間もリスクもまったく違う。政策が語る「平均」は、現場にとっては「自分の患者さんには当てはまらない」と感じやすい。逆に現場が語る「個別」は、政策から見ると「例外」に見えやすい。両者がすれ違うのは、ある意味で避けがたい構造です。

このズレが制度運用の中で表に出やすい例として、DPC/PDPSを取り上げてみます。厚生労働省の資料によれば、DPC/PDPSは「診断群分類に基づく1日当たり包括払い制度」で、包括と出来高の併用、医療機関別係数、入院日数による逓減など、“平均化”のための工夫が積み重なった仕組みとして整理されています。制度としては合理的でも、急性期の個別性(重症度・合併症・地域事情)を完全に反映しているわけではありません。そこで「係数」や「加算」や「例外」が増えていき、制度は精緻になる一方で、現場の運用は複雑になります。「平均と個別のズレ」を調整しようとすると,制度が複雑化してきます。しかし,どのように微調整しようとも,制度が想定する「平均的な患者」と現場が対応する「個別の患者」の間にはずれが生じてしまいます。

もう一つ、ギャップが生まれる理由として「時間差」も大きいと思います。政策は議論し、合意し、制度に落とし込み、周知して運用されるまでに時間がかかります。その間に現場の条件(人材、物価、感染症、救急逼迫など)が変わってしまう。令和6年度改定の基本方針でも物価高騰・賃金上昇が明確に言及されていましたが、こうした外部環境の変化は制度設計のスピードを簡単に追い越していきます。

ここからは私見です。政策と現場のギャップは、「どちらかが間違っている」というより、「見ている視点が違う」ことから生まれるのだと思います。平均で設計しないと制度は成り立ちません。しかし個別を無視すると現場は回りません。現場側ができる現実的な対応としては、①政策文書を“方角”として読み、②その方角が自院・自地域ではどこでズレるのかを言語化し、③ズレを吸収する工夫(体制、連携、業務設計)を先に考える、という順番が大切ではないかと考えています。