医療経営士から見た日本の医療(試作)

医療経営士から見た日本の医療

Dr. Kubota’s Blog (サンプル)
医療を「続ける」ために、今あらためて考えること

日本の医療は、長い間「世界でも類を見ないほど優れた医療」と評価されてきました。国民皆保険制度のもと、誰もが比較的低い自己負担で医療を受けることができ、医療の質も高い。これは紛れもなく、日本社会が築いてきた誇るべき成果でしょう。

一方で、医療の現場に身を置く私たちは、
「このままでは続かないのではないか」
という感覚を、日々強くしています。

人口減少と高齢化、医療費の増大、医師・医療者の働き方改革、地域医療の担い手不足――。
医療を取り巻く環境は大きく変化しており、これまでの成功体験が通用しなくなりつつあります。

こうした中で、「医療経営」という言葉がしばしば語られるようになりました。しかし、医療経営は決して「医療をお金の論理で縛ること」ではありません。本来の医療経営とは、医療を継続するための基盤を整える営みであり、医療の価値を守るための手段だと考えます。

私は現在も一臨床医として、外来や手術、そして若い医師の教育に没頭しています。そのような中、地方自治体の首長さんより、公立病院再建の相談をいただきました。数年前のことです。しかし、結果的にはうまくいきませんでした。それぞれの病院には歴史があり、個性があり、働く人の思いがあります。経営再建は教科書のシナリオだけでは解決できないことを学びました。

この数年間さまざまな形で医療経営を勉強してきました。多くの書籍を読み、セミナーに出席し、医師たちと語り合いました。その経過は何冊ものノートに、走り書きのメモのように残されています。今回HOSPITECTを立ち上げるにあたり、自分自身の知識を整理する目的も兼ねてこのブログを作成しました。テーマは「医療経営士中級(日本経営企画)」のテキストから選択いたしました。

このブログ「医療経営士から見た日本医療」は、奇抜な主張や独自理論を展開することは目的としていません。むしろ、病院を運営する医師や、医療に関わる自治体・行政の方々が、最低限知っておくと判断を誤りにくくなる視点を、できるだけ分かりやすい言葉で整理することを目指しています。

扱う内容は多岐にわたりますが、すべてに共通する問いは一つです。

「この医療を、どうすれば次の世代につなげられるのか」

本シリーズが、日々忙しい医療現場や行政の中で、
少し立ち止まって考えるための「地図」や「共通言語」となれば幸いです。

医療と経営は両立するか

「医療に経営の話を持ち込むべきではない」
医療現場では、今でもこのような感覚を持つ方が少なくありません。患者の命や健康を扱う医療と、利益や効率を語る経営は、本質的に相容れないものだと感じられるからでしょう。

しかし、医師・看護師・事務職員を雇用し、建物や医療機器を維持し、24時間365日医療を提供し続けるためには、安定した経営が不可欠です。経営が破綻すれば、どれほど志が高く、医療の質が高くても、その医療は継続できません。

病院経営の目的は「利益の最大化」ではありません。「医療を継続するための基盤を整えること」にあります。つまり経営は、医療の敵ではなく、医療を支える裏方の役割を担っています。

一方で、企業経営の考え方をそのまま病院に当てはめると、必ず歪みが生じます。企業の経営手法をもとにした医療コンサルタントのアドバイスが、必ずしも有効ではない理由がここにあるかもしれません。現場を任せられた私たち自身は、質の高い医療を提供するとともに、「医療経営」の意識を持つ必要がありそうです。

医療経営とは、
医療の公共性と、経営の持続性を同時に満たそうとする試み
と言えるでしょう。

医療と経営は対立概念ではありません。ただし、安易に混ぜてはいけない概念でもあります。この微妙なバランスを理解することが、病院経営を考える第一歩と考えます。

医業収益の中身を理解する

病院経営を理解するためには、まず収益構造を知る必要があります。多くの病院にとって、主たる収益源は診療報酬による「医業収益」です。病院の収益はほぼ制度によって決められています。

医業収益は、外来診療、入院診療、検査、手術、画像診断、薬剤などの積み重ねによって構成されています。しかし、ここで重要なのは、どの病院でも同じ構造ではないという点です。

急性期病院では、入院・手術・救急対応が収益の柱になります。一方、回復期病院では在院日数とリハビリテーション、慢性期病院では療養・長期入院が中心となります。病院機能により「稼ぎ方」は大きく異なります。

さらに、日本には

  • 公立病院
  • 公的病院
  • 民間病院

が混在しており、それぞれに役割と制約があります。公立病院は、採算性よりも地域医療の確保が重視される一方で、財政的な制約や政治的な影響も受けやすい特徴があります。

このように、日本の病院は制度・機能・設置主体という複数の要因が絡み合って成り立っています。単純に「黒字か赤字か」だけで評価できない理由は、ここにあります。

病院経営を語る際には、まず「その病院は、どの機能を担う前提で存在しているのか」を確認することが不可欠です。

これまで通りでは立ち行かない

日本の病院経営を取り巻く環境は、ここ数十年で大きく変化しています。最大の要因は、人口構成の変化です。高齢者人口は増え続ける一方で、生産年齢人口は減少しています。これは、医療需要の増加と、医療を支える人材・財源の減少が同時に進んでいることを意味します。

加えて、医師の働き方改革が本格的に始まりました。長時間労働に依存して成り立ってきた医療提供体制は、見直しを迫られています。これは医師個人の問題ではなく、病院経営そのものの構造問題です。

さらに、医療の価値観も変わりつつあります。単に「治す」医療から、「支える」「つなぐ」医療へ。病院完結型医療から、地域完結型医療への転換が求められています。

こうした変化の中で、これまでの成功体験が通用しなくなっています。
「患者が来れば自然に病院は回る」
「医師が頑張れば何とかなる」
こうした前提は、すでに崩れつつあります。

環境変化を直視せず、従来の延長線上で対応しようとすれば、病院経営は必ず行き詰まります。逆に言えば、今は病院の役割を再定義するチャンスでもあります。

病院経営を学ぶことは、単に数字を理解することではありません。変わりゆく環境の中で、「この病院は何を守り、何を変えるのか」を考える必要があります。

忙しいのに経営が苦しい

急性期病院では、「これだけ忙しいのに、なぜ経営が苦しいのか」という疑問がしばしば聞かれます。原因は施設により異なると思いますが、背景は急性期病院特有の医業収益構造が関係するかもしれません。

DPC病院では、入院医療の多くが包括評価で支払われます。つまり、患者の在院日数が短く、医療資源を効率的に使うほど、収益構造上は有利になります。しかし現実には、

  • 高齢化による疾患構造の変化
  • 全身合併症や社会的要因による入院の長期化
    などが、効率的な運営を難しくしています。

さらに、急性期病院では、救急、教育、研究といった収益に結びつきにくい役割を担っています。これらは地域医療に不可欠ですが、診療報酬上は十分に評価されていないかもしれません。

急性期病院では必ずしも、忙しさ=収益ではありません。

もっと頑張らないと経営が苦しい、しかし、「入院患者を増やしなさい」「コストを削減しなさい」と命令するだけでは、現場の疲弊と離職を招いてしまいます。

「医業収益の仕組み」を理解し、地域で医療を完結するには、自院はどのような医療を展開すればよいか、ポジショニングも含めた戦略を考えてみる必要があるかもしれません。

診療報酬は「価格」ではなく「制度」である

診療報酬制度は、日本の病院経営を考えるうえで重要な前提条件です。多くの病院にとって、収益の大部分は診療報酬によって決まっており、自由に価格を設定することはできません。そのため診療報酬は「医療サービスの価格表」と理解されがちですが、実際にはそれ以上の意味を持っていると思います。

診療報酬制度の本質は、医療の提供の仕方を誘導する制度であるという点にあります。どの医療行為に点数を付け、どの行為を包括評価に含めるかによって、医療機関の行動は大きく変わります。

現在の日本の診療報酬は、大きく分けて

  • 出来高払い
  • 包括払い(DPC/PDPS など)
    の二つで構成されています。

外来や一部の入院医療では出来高が中心であり、急性期病院の入院医療では包括評価が主流です。

出来高払いは、行った医療行為ごとに報酬が支払われるため、医療内容が分かりやすい一方で、過剰医療を招きやすい側面があります。一方、包括払いは一定期間や一定疾患についてまとめて評価されるため、効率化が進む反面、現場の忙しさと収益が一致しにくいという課題があります。

診療報酬制度を理解する第一歩は、「この制度は、医療をどういう方向に導こうとしているのか」という視点を持つことです。

診療報酬は単なる医療の価格表ではなく、国が描く医療提供体制の設計図としても機能していると考えています。

診療報酬改定の裏にあるメッセージを読む

診療報酬は2年に1度改定されます。改定のたびに、点数が上がった、下がったという話題が注目されがちですが、より重要なのは、改定によって何が評価され、何が評価されなくなったのかという点です。

診療報酬改定は、医療費抑制だけを目的としているわけではありません。むしろ、限られた財源の中で、どの医療を優先するかを示す「政策メッセージ」の集合体と言えます。たとえば近年の改定では、

  • 在宅医療や地域連携
  • 医師の働き方改革への配慮
  • チーム医療や多職種連携
    といった分野が繰り返し強調されています。

これは、「病院完結型医療」から「地域完結型医療」への転換を国が求めていることの表れです。一方で、高度急性期医療については、質と効率の両立が強く求められるようになっています。

診療報酬改定を単なる増減として受け止めると、現場は振り回されてしまいます。しかし、「なぜこの点数が付いたのか」「なぜこの評価が廃止されたのか」と背景を読むことで、病院の中長期戦略を考えるヒントが得られます。 医師や管理職が最低限知っておくべきなのは、細かな点数ではありません。改定の方向性を読み取り、自院の役割と照らし合わせる視点です。それがなければ、診療報酬に合わせて場当たり的に動く経営になってしまいます。

経営理念は現場のためにある

「経営理念は大切だが、正直あまり役に立っていない」
病院関係者から、このような声を聞くことは少なくありません。立派な理念文が掲げられていても、日々の診療や業務の中で意識されることはほとんどなく、「お飾り」になっているケースも多いのが現実かもしれません。

では、病院に経営理念は必要なのでしょうか。

私は、理念は必要と考えています。ただし“使われる形”でなければ意味がありません。

経営理念とは、本来「この病院は、なぜ存在しているのか」「何を大切にして医療を行うのか」を言葉にしたものです。利益目標や事業計画とは異なり、理念は判断に迷ったときの“よりどころ”になります。

医療現場では、日々さまざまな葛藤が生じます。
・この治療をどこまで行うのか
・人手が足りない中で、どこを優先するのか
・患者、家族、地域、職員、どこを重視するのか

こうした場面で、理念が共有されていれば、「この病院らしい判断」が可能になります。逆に理念が形骸化していると、判断は個人任せになり、現場ごとにばらつきが生じます。

重要なのは、理念を現場の言葉に翻訳することです。
「地域に貢献する」という抽象的な表現だけでは不十分で、「だからこの病院は、○○の医療を優先する」「△△は他院と連携する」といった具体性が必要です。

理念は掲げるものではなく、使うもの
現場で語られ、判断の根拠として参照されて初めて、理念は病院経営の力になります。

経営ビジョン:全部やる病院は続かない

経営ビジョンという言葉に対して、多くの人は「将来の理想像」「目指す姿」といった前向きなイメージを持ちます。もちろんそれも重要ですが、病院経営におけるビジョンの本質として、「何をやらないかを決めること」も大切です。

日本の医療は、長い間「できるだけ多くの医療を提供する」ことを是としてきました。その結果、多くの病院が「何でも診る」「断らない医療」を掲げ、地域の期待に応えようとしてきました。しかし、人口減少や人材不足が進む現在、このモデルは持続可能とは言えません。

ビジョンとは、限られた資源の中で、
・この病院は何を担うのか
・何を他院や地域に委ねるのか
を明確にする作業です。

「やらないこと」を決めることは、現場にとって痛みを伴います。診療科の縮小や機能転換は、誇りや歴史とも深く結びついているからです。しかし、ビジョンを曖昧にしたままでは、すべてが中途半端になり、結果として職員も疲弊します。

経営ビジョンが共有されている病院では、
「この病院は急性期に集中する」
「回復期と在宅を支える役割を担う」
といった方向性が明確で、日々の意思決定がぶれにくくなります。

ビジョンはトップだけのものではありません。現場が「なるほど、それなら納得できる」と思える説明と対話を通じて、初めて共有されます。

経営ビジョンとは、夢を語る言葉ではなく、現実と向き合い、覚悟を示す言葉なのです。

戦略なき経営は行き詰まる

「戦略」という言葉は、病院ではやや敬遠されがちです。競争や効率を連想させ、医療の価値観と合わないと感じられることもあります。しかし、戦略は「他者に勝つための計画」とではありません。

病院経営における戦略とは、
限られた資源を、どこに、どの順番で使うかを決めること
です。

戦略がない病院では、目の前の問題への対処に追われがちです。赤字になればコスト削減、忙しくなれば増員、といった“対症療法”が繰り返されます。その結果、現場は疲弊し、長期的な改善につながりません。

戦略とは、
・この病院が力を入れる領域
・あえて深追いしない領域
を明確にし、日々の判断をシンプルにするための枠組みです。

たとえば、
「高度急性期に集中する」
「地域のかかりつけ医と連携し、外来は絞る」
といった戦略があれば、設備投資、人材配置、研修内容も一貫性を持ちます。

重要なのは、戦略を“紙の上”で終わらせないことです。戦略は計画書ではなく、日常の意思決定に反映されてこそ意味を持ちます。現場が「それは戦略と合わないからやらない」と言える状態が理想です。 戦略は万能薬ではありません。しかし、戦略がない経営は、確実に行き詰まります。
病院経営における戦略とは、未来を予測することではなく、迷わず判断するための道具と考えています。

医療におけるマーケティング

「医療にマーケティングを持ち込むのは違和感がある」
多くの医療者が、そう感じるのは自然なことです。マーケティングという言葉から、広告や集患、営利目的のイメージを連想するからでしょう。

しかし、医療経営におけるマーケティングは、売り込むための技術ではありません。本来のマーケティングとは、「相手が何を求めているのかを理解し、それに応える仕組みを作ること」です。この定義は、医療にもそのまま当てはまります。

医療の世界では、これまで「良い医療を提供していれば、患者は自然に来る」という考え方が主流でした。高度成長期や人口増加期には、それでも成り立っていました。しかし現在は、人口減少、医療機関の機能分化、患者の価値観の多様化が進み、黙っていても選ばれる時代ではなくなっています

医療におけるマーケティングとは、
・地域でどのような医療ニーズがあるのか
・自院は何を提供でき、何を提供しないのか
・患者や紹介元に、その情報が正しく伝わっているか
を点検する作業です。

これは、広告を増やすこととは別の話です。むしろ、やらなくてよい医療を明確にすることが、マーケティングの重要な要素になる場合もあります。

マーケティングを

自院の価値を正しく伝えるための整理術
として捉える視点が、これからの病院経営には欠かせません。

病院のポジショニング (競争と協調のあいだで)

病院経営におけるマーケティングを、最も具体的に考えやすいテーマが、地域における病院の立ち位置(ポジショニング)です。

かつては、多くの病院が
「幅広い診療科を持ち、何でも対応できる病院」
を目指してきました。しかし現在は、医師・看護師をはじめとする人材不足や、医療の高度化・専門化により、このモデルは維持が難しくなっています。

地域医療におけるポジショニングとは、
・自院は地域の中でどの役割を担うのか
・どの患者を主に診るのか
・どの部分を他院と連携するのか
を明確にすることです。

ここで重要なのは、「他院と競争する」ことが目的ではない点です。医療では、競争と協調が同時に存在します。救急や高度医療では競争が起こる一方、回復期や在宅医療では連携が不可欠です。

ポジショニングが曖昧な病院では、
・紹介が安定しない
・職員が自院の役割を説明できない
・経営判断が場当たり的になる
といった問題が生じやすくなります。

逆に、自院の役割が明確な病院では、地域の医療機関や自治体との対話がしやすくなり、結果として信頼関係が強まります。

地域医療におけるマーケティングとは、派手な広報活動ではありません。
自分たちの役割を言語化し、地域と共有する地道な作業
そのものなのです。

財務会計と管理会計(外に見せる数字と、中で使う数字)

病院経営において「会計」と一括りにされがちですが、財務会計管理会計は目的がまったく異なります。この違いを理解しないまま管理会計を導入すると、現場に不信感を生む原因になります。

財務会計は、病院全体の経営状況を外部に示すための会計です。決算書を通じて、病院が黒字か赤字か、資金的な体力があるかを示します。これは「結果」を示す会計です。

一方、管理会計は、内部の改善のために使う会計です。
・どこに負荷が集中しているのか
・なぜこの部門は忙しいのか
・改善の余地はどこにあるのか
を考えるための材料を提供します。

この二つを混同すると、「数字が悪い=責任追及」という誤解が生じます。管理会計は評価や処罰のためのものではありません。経営と現場が同じ状況を共有するための共通言語です。 「管理会計は経営の武器であると同時に、現場を守る道具でもある」という認識です。使い方を誤れば、現場を疲弊させますが、正しく使えば、現場の負担や課題を可視化する強力な手段になります。

財務会計は「病院の健康診断」

「会計は事務の仕事」「数字は苦手」
医師や医療職の中には、病院会計に対して距離を感じている方も多いと思います。しかし、病院会計は専門家になるためのものではなく、経営の状態を把握するための共通言語です。

病院会計の基本となるのが財務会計です。財務会計は、病院全体の経営成績や財政状態を外部に報告するための仕組みで、主に
・損益計算書
・貸借対照表
といった財務諸表を用います。

損益計算書は、一定期間に
「どれだけ収益を上げ、どれだけ費用がかかり、結果として黒字か赤字か」
を示します。一方、貸借対照表は、
「病院が何を持ち、何を借り、どれだけの体力があるか」
を表します。

ここで大切なのは、単年度の黒字・赤字だけで病院の良し悪しを判断しないことです。
・老朽化した建物を抱えていないか
・将来の設備更新に耐えられるか
・借入金の返済余力はあるか

こうした点は、貸借対照表を見なければ分かりません。

財務会計は、いわば病院の健康診断結果です。
数値を細かく覚える必要はありませんが、
「今の病院は、どの程度の体力があるのか」
を把握する意識は、経営に関わる人すべてに求められます。

管理会計は現場改善の武器

財務会計が病院全体の状態を把握するためのものだとすれば、管理会計は経営状況を把握し、意思決定や将来の戦略立案に使用する会計です。法律による作成義務はありません。経営の改善や効率化を目的とし、データに基づいた迅速で客観的な判断を可能にするのが特徴です。 

管理会計では、
・予実管理(予算と実績を比較する)

・経営分析(財務諸表やKPI設定による分析)
・原価計算(製品やサービスにかかるコストの計算)
などを通じて、病院の中で「どこに、どの程度の資源が使われているか」を可視化します。

このとき、管理会計が評価や処罰の道具として使われてしまうと、現場の反発を招きます。
「数字が悪い=頑張っていない」
という短絡的な理解は、医療の現実を無視しています。

管理会計の本来の目的は、
・なぜこの部門は忙しいのか
・なぜこの診療はコストがかかるのか
・改善の余地はどこにあるのか
対話する材料を提供することです。

たとえば、ある診療科の収支が厳しい場合でも、
・地域医療に不可欠な役割を担っている
・教育や救急を支えている
といった背景があるかもしれません。数字だけでは見えない価値を、現場と一緒に考えるために管理会計は存在します。

「この数字をどう改善するか」ではなく、
「この状況をどう理解し、どう支えるか」という視点が重要です。

病院のコスト構造を理解する

病院経営の議論になると、「収益をどう増やすか」に注目が集まりがちですが、同じくらい重要なのがコスト構造を正しく理解することです。特に医師にとって、コストの話は自分の専門領域から少し離れて感じられることも多いかもしれません。

病院の主なコストは、
・人件費
・医療材料費
・委託費(検査、清掃、給食など)
・減価償却費(建物・医療機器)
に大別されます。この中で、人件費が最も大きな割合を占める病院が多く、次いで医療材料費が続きます。

ここで注意したいのは、病院のコストは簡単には下げられないという点です。人件費を削れば医療の質や安全性に直結し、材料費を無理に削減すれば診療に支障をきたします。企業のように「無駄を削ればすぐ利益が出る」という構造ではありません。

一方で、「知らないまま使っているコスト」が存在するのも事実です。
・どの診療行為にどの程度の材料費がかかっているのか
・高額な医療機器がどの程度稼働しているのか
・委託業務の内容と費用が適切か
こうした点を把握せずに経営判断を行うと、現場感覚と数字が乖離します。

コスト意識とは、「節約すること」ではありません。
コストと価値の関係を理解することです。
どこにお金をかけ、どこは抑えるのか。その判断ができるようになることが、病院経営に関わる人に求められる基本姿勢と言えるでしょう。

病院経営における人件費の位置づけ

病院経営の話になると、まず話題に上るのが「人件費」です。多くの病院で、人件費は医業費用の中で最も大きな割合を占めています。そのため、経営が厳しくなると、まず人件費削減が検討されがちです。

しかし、病院において人材は、単なるコストではありません。医療の質そのものを決定づける経営資源です。医師、看護師、薬剤師、コメディカル、事務職員、それぞれの専門性が組み合わさって、初めて医療は成り立ちます。

人件費を単純に抑制すると、
・一人あたりの業務負担が増える
・疲労や不満が蓄積する
・離職が増え、さらに人手不足になる
という悪循環に陥りやすくなります。

一方で、人材を「投資」として捉える病院では、
・教育や研修に時間を割く
・役割分担を明確にする
・評価や承認の仕組みを整える
といった取り組みが行われています。

人的資源管理とは、単に人数を管理することではありません。
「誰が、どこで、どの力を発揮するのが最も病院にとって価値が高いか」
を考えることが、本質です。

病院経営において、人を大切にすることは理想論ではなく、最も現実的な経営戦略の一つなのです。

原価計算は「考える材料」

管理会計の中でも、原価計算は誤解されやすい分野です。
「診療科別原価を正確に出す」
「どの医師が儲けているかを見る」
といった目的で導入されると、原価計算は確実に失敗します。

医療において、原価を完全に正確に算出することは現実的ではありません。医師の技量、患者の重症度、合併症、教育・研究・救急対応など、数値化できない要素が多すぎるからです。

では、なぜ原価計算を行うのでしょうか。
答えは明確で、「現状を理解するため」です。

たとえば、
・特定の診療行為にどの程度の人手と時間がかかっているのか
・材料費がどこで増えているのか
・非効率が構造的に生じていないか
を考える材料として原価情報は役立ちます。

原価計算の価値は、数字そのものではなく、「なぜこの数字になるのか」を議論する過程にあります。

原価計算は「答えを出すもの」ではなく、問いを生み出すものです。この位置づけを誤らなければ、原価計算は現場改善の強い味方になります。

現場と事務をつなぐ仕組み(物品管理)

物品管理というと、「在庫を管理する事務的な仕事」という印象を持たれがちです。しかし実際には、物品管理は病院経営の要とも言える領域です。なぜなら、医療材料は診療の質とコストの両方に直結するからです。

病院では、日々膨大な数の医療材料が使用されています。注射針やガーゼといった消耗品から、高額なインプラントや手術材料まで、その種類と金額は多岐にわたります。これらが適切に管理されていないと、
・不要な在庫が増える
・期限切れによる廃棄が発生する
・現場で必要な物がすぐに見つからない
といった問題が起こります。

物品管理がうまくいっていない病院では、現場と事務の間に溝が生じやすくなります。
「現場はコストを気にしない」
「事務は現場を分かっていない」
こうした不満が相互に蓄積すると、協力関係が崩れてしまいます。

良い物品管理のポイントは、現場を縛ることではなく、現場を支えることです。
・使用実態を現場と共有する
・選定理由や代替品について対話する
・標準化できる部分と、個別対応が必要な部分を分ける

物品管理は、単なるコスト削減手段ではありません。現場の安全と効率を高め、結果として経営を安定させる仕組みです。
医師・看護師・事務職が共通の視点で物品を捉えられるようになったとき、病院全体の経営感覚は大きく変わります。

導入が目的になっていないか(医療ICT)

近年、多くの病院で医療ICTの導入が進んでいます。電子カルテ、オーダリング、部門システム、地域連携システムなど、病院内外にはさまざまなICTが存在します。しかし現場では、「便利になった」という声と同時に、「むしろ忙しくなった」「入力作業が増えた」という不満も少なくありません。

この背景には、ICT導入の目的が曖昧なまま進められているという問題があります。
本来、医療ICTは
・医療の質と安全を高める
・業務を効率化し、現場の負担を減らす
・情報を共有し、連携を円滑にする
ための「手段」です。

ところが実際には、
「補助金が出るから」
「他院が導入しているから」
「更新時期が来たから」
といった理由で導入が決まり、何を改善したいのかが十分に整理されないまま運用が始まるケースも多く見られます。

その結果、ICTが
・業務フローに合っていない
・入力ルールが複雑
・現場の工夫に対応できない
といった形で、負担になってしまいます。

医療ICTを考える際に重要なのは、
「このシステムで、どの業務を、どのように変えたいのか」
を先に言語化することです。ICTは万能ではありませんが、目的が明確であれば、現場を支える強力な道具になります。

病院完結型医療から地域完結型医療への転換

これからの日本の医療では、「病院の中だけで医療を完結させる」考え方は通用しなくなっています。高齢化が進む中で、医療・介護・福祉・在宅を含めた地域包括ケアの重要性が高まっています。

地域包括ケアを実現する上で、ICTは重要な基盤になります。患者情報が病院内に閉じたままでは、退院後の生活を支えることはできません。
・退院時情報
・服薬状況
・緊急時の対応方針
などを、地域の関係者と共有する必要があります。

しかし、ここでも「ICTを入れれば連携が進む」という誤解が生じやすい点に注意が必要です。実際には、
・誰とどの情報を共有するのか
・情報共有の責任は誰が持つのか
・共有した情報をどう使うのか
といった運用ルールの設計がなければ、ICTは形だけの仕組みになります。

特に中小病院では、大規模なシステムを導入することが必ずしも最適解とは限りません。重要なのは、地域の実情に合った、身の丈のICTを選ぶことです。

地域包括ケアにおけるICTの役割は、最新技術を誇示することではありません。
人と人をつなぎ、情報の断絶を減らすこと
その目的を忘れなければ、ICTは地域医療を支える確かな力になります。

病院はなぜ変わりにくいのか

「病院は変わらない」
組織改革の話題になると、しばしばこう言われます。しかし、病院が変わりにくいのは、誰かが怠慢だからではありません。病院という組織が持つ構造的な特性によるものと考えます。

病院は、医師、看護師、薬剤師、コメディカル、事務職など、多様な専門職で構成されています。特に医師は、専門性が高く、職業的自律性が強い集団です。個々の判断が医療の質に直結するため、上からの一律の指示がなじみにくい側面があります。

また、診療科ごとに文化や価値観が異なり、「同じ病院にいながら、別の組織のように感じる」ことも珍しくありません。こうした専門職組織の集合体であることが、病院改革を難しくしています。

さらに、医療は失敗が許されにくい分野です。新しい取り組みには慎重になりがちで、「これまでのやり方」を守ろうとする力が自然に働きます。これは保守的というより、患者安全を守るための防衛反応とも言えます。

病院の組織改革を考える際には、
「なぜ変わらないのか」
を責めるのではなく、
「なぜ変わりにくい構造なのか」
を理解することが出発点になります。

病院改革が続かない (トップ依存と現場任せの罠)

多くの病院で、改革は一度は始まります。しかし、数年経つと元に戻ってしまう、あるいは途中で立ち消えになるケースも少なくありません。改革が続かない病院には、いくつかの共通点があります。

一つ目は、トップ依存型の改革です。強いリーダーシップで一気に改革を進めることは有効ですが、トップが異動や退任をすると、取り組みが止まってしまうことがあります。改革が「個人の意志」に依存していると、組織として定着しません。

二つ目は、現場任せの改革です。「現場に任せる」という言葉は聞こえが良い反面、明確な方針や支援がなければ、現場は疲弊します。現場の工夫が評価されず、成果が共有されないと、次第に意欲は失われます。

改革を継続させるためには、
・トップが方向性を示す
・管理職が橋渡し役を担う
・現場が具体的な改善を積み重ねる
という役割分担が不可欠です。

また、改革の成果を「成功事例」として見える形にし、小さくても共有することが重要です。大きな成果を一気に求めるより、小さな成功を積み上げる文化を作ることが、結果的に大きな変化につながります。

組織改革は、短距離走ではなく長距離走です。
続く改革こそが、本当の改革なのです。

医師の働き方改革を経営視点で考える

医師の働き方改革は、多くの病院にとって大きな課題となっています。長時間労働の是正は必要だと理解していても、
「現場が回らなくなるのではないか」
「医療の質が下がるのではないか」
という不安の声も少なくありません。

重要なのは、働き方改革を個々の医師の努力や意識の問題として捉えないことです。医師の長時間労働は、個人の責任ではなく、病院の運営構造によって生み出されてきました。

たとえば、
・少人数で多くの診療科を維持している
・当直やオンコールが特定の医師に集中している
・業務分担が不明確で、医師が本来業務以外を担っている
といった構造が、長時間労働を常態化させています。

働き方改革を進めるためには、
・病院として何を守り、何を縮小するのか
・医師がやらなくてもよい業務は何か
・チームで分担できる業務はどこか
を、経営として判断する必要があります。

これは、医師を甘やかすことではありません。医療を持続させるための現実的な選択です。無理を前提にした体制は、いずれ必ず破綻します。

働き方改革は、医師のためだけの制度ではなく、病院経営そのものを見直す契機と捉えることが重要です。

人は自然には育たない

「良い人材がいれば、病院はうまく回る。優秀な医師が来てくれないだろうか。」

こう考える病院管理者は多いのではないでしょうか。
この考え方も一部では正しいですが、それだけでは不十分です。

人材は、適切な環境と仕組みがなければ育ちません

多くの病院では、人材育成がOJT(On the Job Training)に依存しています。現場で仕事をしながら覚えることは重要ですが、忙しい現場では、指導が断片的になりがちです。その結果、経験や知識が属人化し、ベテランのノウハウが共有されないままになってしまいます。

人材育成を考える際に重要なのは、
・何をできるようになってほしいのか
・どの段階で、どの役割を担うのか
を、言語化することです。

また、ベテラン職員の経験をどのように次世代へ継承するかも、大きな課題です。単なるマニュアルでは伝えきれない判断や工夫を、対話や振り返りの場を通じて共有する仕組みが必要になります。

人材育成は時間がかかります。しかし、育成を怠ると、組織は確実に弱体化します。逆に言えば、人が育つ病院は、環境が厳しくても立て直す力を持ちます。

人的資源管理とは、
今いる人材で、将来も医療を続けられる組織を作ること
それこそが、病院経営における人材戦略の核心です。

病院はどのように資金を調達しているのか

病院経営を考えるうえで、収益やコストと並んで重要なのが資金調達(ファイナンス)です。医療は、患者が来てから投資する産業ではありません。建物、医療機器、人材など、先に大きな投資を行ってから医療を提供する産業です。

病院の主な資金調達手段には、
・金融機関からの借入
・自治体からの繰入金(公立病院)
・補助金・助成金
などがあります。民間病院では借入が中心となり、公立病院ではこれに自治体財政が加わります。

ここで重要なのは、資金調達は「経営戦略の結果」であるという点です。
どのような医療を提供し、どの程度の規模を維持するのか。その方針が曖昧なままでは、適切な資金調達はできません。

また、借入は「悪」ではありません。医療機器や建物は高額で、内部留保だけで賄うことは現実的ではありません。重要なのは、
・返済可能な計画になっているか
・将来の医療提供に資する投資か
を冷静に見極めることです。

ファイナンスを理解することは、単に数字を追うことではありません。
病院の将来像を、資金という現実に落とし込む作業なのです。

公立病院におけるファイナンス

公立病院のファイナンスには、民間病院とは異なる特徴があります。最大の違いは、自治体からの財政支援(繰入金)が存在する点です。

繰入金は、赤字補填という側面だけでなく、
・不採算医療(救急、周産期、へき地医療など)を支える
・地域医療を維持するための政策的判断
という意味を持っています。

一方で、繰入金のみに依存すると、
「経営努力をしなくなってしまう」
「地域の改善のために使用される税金が、病院維持のために用いられてしまう」
といった問題も生じます。そのため、公立病院には、公共性と経営健全性の両立が強く求められます。

公立病院のファイナンスを考える際には、
・自治体の財政状況
・地域にとって不可欠な医療機能
・将来世代への影響
を含めた、広い視野が必要です。

医療経営士の視点から見ると、公立病院のファイナンスは単なる会計問題ではありません。
地域社会全体の意思決定の結果として理解する必要があります。

医療訴訟はなぜ起こるのか

医療訴訟という言葉を聞くと、多くの医療者は
「技術的なミス」
「予期せぬ合併症」
を思い浮かべるかもしれません。しかし、実際に訴訟に発展するケースを見ていくと、純粋な医療技術の問題だけが原因であることは意外に少ないことが分かります。

多くの場合、訴訟の背景には、
・説明が十分に理解されていなかった
・患者や家族の不安や不満が放置されていた
・対応が事務的、あるいは冷たく感じられた
といった関係性の問題が存在します。

医療には不確実性がつきものです。最善を尽くしても、望ましい結果が得られないことはあります。そのとき、患者や家族が
「きちんと説明され、誠実に向き合ってもらった」
と感じていれば、紛争に発展する可能性は低くなります。

一方で、医療内容そのものよりも、
「話を聞いてもらえなかった」
「説明が一方的だった」
という感情が強く残ると、不信感は急速に膨らみます。

医療訴訟を防ぐために最も重要なのは、完璧な医療を目指すことではありません。
不確実性を共有し、信頼関係を築くこと
これは個々の医師の努力だけでなく、病院全体として取り組むべき経営課題です。

法律を知ることの意味

医療法務というと、「訴えられたときの対応」「責任回避のための知識」といった、守りのイメージを持たれがちです。しかし、本来の医療法務の役割は、問題が起きる前に備えることにあります。

医療現場では、日常的に法的リスクと隣り合わせの判断が行われています。
・インフォームド・コンセントは適切か
・記録は十分に残されているか
・個人情報は正しく管理されているか

これらは、医師個人の問題ではなく、病院としての仕組みの問題です。

たとえば、説明内容や同意取得の方法が医師ごとに大きく異なる病院では、トラブルが起きやすくなります。逆に、一定の標準化とチェック体制が整っていれば、個々の医師の負担も軽減されます。

医療法務を学ぶ意義は、
「法律で縛られること」
ではありません。
安心して医療に専念できる環境を作ることにあります。

法務は現場を萎縮させるためのものではなく、現場を守るための仕組みです。この視点を共有することが、医療安全と経営の両立につながります。

安全は「個人の注意力」では守れない

医療安全というと、
「注意を徹底する」
「ミスを起こさないよう気をつける」
といった精神論に陥りがちです。しかし、人間である以上、ミスを完全になくすことはできません。

医療安全の基本的な考え方は、
ミスは起こる前提で、被害を最小限に抑える仕組みを作ること
です。

そのためには、
・インシデントやヒヤリ・ハットを報告しやすい文化
・報告が処罰につながらない仕組み
・原因を個人ではなくシステムとして分析する視点
が欠かせません。

医療安全管理がうまく機能していない病院では、
「報告すると怒られる」
「余計な仕事が増える」
という雰囲気が蔓延し、問題が表に出なくなります。その結果、同じ事故が繰り返されます。

医療安全は、現場の善意や努力だけに任せるものではありません。
経営として、安全を支える体制を整えること
が必要です。 医療法務と医療安全は別物のように見えて、実は深くつながっています。どちらも目的は同じです。
患者と医療者の双方を守り、医療を持続させることが大切です。

医療経営士から見た日本の医療」を終えて

本ブログ「医療経営士から見た日本の医療」では、日本の医療制度、病院経営、組織、人材、地域医療について、医療経営士の視点から整理してきました。多くの課題や矛盾があることは事実ですが、それでもなお、私は日本の医療は現在においても世界でも有数の高水準を保っていると考えています。誰もが比較的低い負担で医療を受けることができ、地域に根ざした医療が全国に広がっている国は、決して多くありません。

しかし同時に、その医療を支えてきた前提条件が大きく変わりつつあります。人口減少、少子高齢化、人手不足、経済の停滞――。これらは一時的な問題ではなく、今後長期にわたって続く構造的な変化です。こうした状況の中で、これまでと同じ発想、同じ規模、同じ体制のまま医療を続けることは、もはや難しくなっています。

特に人口減少が進む地域では、医療の「維持」だけでなく、医療をどのように縮小していくかという視点が避けて通れません。病院の統廃合、病床機能の転換、診療科の再編といった議論は、理論の世界ではなく、すでに現実の課題として目の前にあります。何の準備もないまま病院が立ち行かなくなり、突然廃業してしまうことは、地域住民にとっても、医療従事者にとっても、最も避けるべき事態です。

だからこそ必要なのは、長期的な視点に立った、計画的な「撤退戦」です。撤退とは敗北ではありません。むしろ、地域医療を守り続けるための、責任ある選択です。そのためには、短期的な収支だけでなく、10年後、20年後の人口構成や医療需要を見据えた判断が求められます。

医療従事者、とりわけ医師は、自院の収益や存続のみに目を向けるのではなく、地域全体でどのような医療を提供するのか、そしてどのように医療を縮小し、つなぎ直していくのかという視点を持つ必要があります。それは容易なことではありませんが、日本の医療を次の世代につなぐためには欠かせない姿勢です。

冒頭にも述べたとおり、このブログは奇抜な主張や独自の理論を展開するものではありません。内容に関しては、できる限り正確、中立を期したつもりですが、誤っている箇所や偏っている主張がありましたらご指摘いただければ幸いです。

「現在の医療を継続するために」は、現場を知る医療者が、自ら考え、語り、責任を持って関わることで、医療を「終わらせない」ための知的基盤を築くことが必要と考えています。

本ブログが、そのための小さな手がかりとなれば幸いです。