日本の医療は、長年にわたり国際的にも高く評価されてきました。しばしば「世界一の医療」と表現されてきましたが、それは医療技術の派手さや医療費の多さによるものではありません。むしろ、制度設計と運用のバランスにこそ、日本医療の本質的な強みがあったと考えています。
第一の強みは、国民皆保険制度です。すべての国民が公的医療保険に加入し、原則としてどの医療機関でも保険診療を受けられる。この仕組みにより、日本では所得や居住地にかかわらず、医療へのアクセスが保証されてきました。重い病気であっても「受診できない」という事態が起こりにくい、国際的に見ても特筆すべき特徴です。
第二に挙げられるのが、フリーアクセスです。紹介状がなくても医療機関を受診できる仕組みは、患者にとっては安心感があり、結果として早期受診・早期治療に寄与したと考えます。結果として、がんや生活習慣病の重症化を防ぎ、医療費全体の抑制にも一定の役割を果たしてきたと思います。一方、自己負担が低いと受診回数が増えやすいという指摘もあります。
第三の強みは、医療資源の密度です。人口当たりの病床数はOECD諸国の中でも高水準で、地域に病院や診療所が点在してきました。高度成長期から人口増加期にかけては、この「量の確保」が医療の安定供給を支えていました。救急医療や急性期医療を含め、「困ったときに病院がある」という安心感は、日本社会に深く根付いていました。
さらに、日本の医療は比較的低い医療費水準にもかかわらず、平均寿命や健康指標で世界トップクラスを維持してきました。これは、医療者の献身的な労働、標準化された診療報酬制度、そして国民の医療への信頼と受診行動が組み合わさって成立していた成果と言えるでしょう。
重要なのは、これらの強みが偶然に生まれたものではないという点です。人口構成、経済成長、家族構造、そして「医療は公共性の高いものだ」という社会的合意。これらの前提条件が揃っていたからこそ、日本の医療は高いパフォーマンスを発揮できました。
次の章では、この「優れていたはずの医療」が、なぜ現場では「安く、苦しい」と感じられるようになったのか、その理由を検討してみます。強みを正確に理解することは、医療を立て直すための出発点でもあるからです。
