3.国民皆保険は守れるか

国民皆保険制度は、日本の医療を支えてきた中核的な仕組みです。
誰もが保険証一枚で医療にアクセスできるこの制度は、社会的公平性の象徴でもあり、多くの国民にとって「当然の前提」として受け止められてきました。

しかし今、「国民皆保険を守る」という言葉の意味そのものが、問い直される段階に来ています。
それは、制度が危機に瀕しているからというより、制度を支えてきた前提条件が大きく変化しているからです。

「守る」とは、変えないことではない

国民皆保険を守るというと、「自己負担を上げない」「給付を削らない」「医療機関を減らさない」といった、現状維持のイメージで語られがちです。しかし、制度は本来、固定されたものではありません。
人口構成、経済状況、医療技術が変われば、制度もまた調整され続ける必要があります。

高度成長期から人口増加期にかけて設計された仕組みを、そのまま人口減少・超高齢社会に当てはめること自体が、無理を生んでいます。
「変えないことで守る」という姿勢は、結果的に制度の寿命を縮めかねません。

制度持続を左右する三つの条件

国民皆保険を現実的に「守る」ためには、少なくとも三つの条件を直視する必要があります。

第一に、医療需要の質的変化です。
高齢化により、医療の中心は「治す医療」から「支える医療」へと移行しています。急性期医療だけを基準にした病床配置や診療報酬体系は、実際の医療需要と乖離しつつあります。
制度を守るには、どの医療を手厚くし、どの医療を集約するのかという優先順位の再設計が不可欠です。

第二に、負担の分かち合い方の再定義です。
現役世代の人口が減少する中で、保険料と公費だけで現行水準の給付を維持し続けることには限界があります。
重要なのは「誰かに過度な負担を押し付けない」仕組みをどう作るかであり、世代間・所得階層間の公平性をどう担保するかという視点です。これは単なる財政論ではなく、社会的合意形成の問題でもあります。

第三に、医療提供体制の調整能力です。
制度が持続するかどうかは、医療費の総額だけで決まるわけではありません。
患者数が減少する地域で、すべての医療機関を同じ形で存続させることは現実的ではありません。病床機能の転換、医療機関の役割分担、時には撤退も含めた再編が、制度全体を守るために必要になります。

「制度を守る」とは、選択すること

国民皆保険制度は、「すべてを守る」ことで維持できる仕組みではありません。
むしろ、何を守り、何を変え、何を手放すのかを選び続ける制度です。

制度の持続性を脅かすのは、改革そのものではなく、「変えてはいけない」という思い込みかもしれません。
医療者、行政、そして国民がそれぞれの立場で現実を直視し、調整に関わることができるかどうか。それが、国民皆保険を次の世代につなげられるかどうかの分かれ目になります。 次章では、日本の医療がいまだに引きずっている「成功体験」に焦点を当てます。
かつては正しかったモデルが、なぜ今は足かせになりつつあるのかを整理してみましょう。