日本の医療が直面している困難を語るとき、「非効率」「過剰」「改革の遅れ」といった言葉が使われがちです。しかし、それらを単なる失策として片付けてしまうと、本質を見誤ります。
現在の医療提供体制の多くは、かつては合理的で、成功を収めたモデルだったからです。
高度成長期から人口増加期にかけて、日本社会は「増える需要」にどう応えるかを最優先に考えてきました。人口は増え、都市も地方も活気があり、医療需要は年々拡大していました。その中で、日本の医療は「病床を増やし、病院を各地に配置し、入院中心で対応する」というモデルを選びました。
この選択は当時としては正しく、結果として医療アクセスを飛躍的に向上させました。
問題は、この成功体験が,その前提条件の変化にもかかわらず、強固に残り続けていることかもしれません。
現在、日本は人口減少社会に入り、特に地方では患者数そのものが減少しています。それにもかかわらず、病床数や医療機関の配置は大きくは変わっていません。
「病床は減らせない」「病院はなくせない」という感覚は、地域医療を守るという善意から生まれていますが、結果として一施設あたりの患者数は減り、経営は圧迫され、人手不足だけが深刻化します。
急性期医療を基準にした人員配置、24時間対応を前提とした体制、フルスペックの病院像。これらは、若年人口が多く、医療需要が拡大していた時代には有効でした。しかし高齢化が進み、慢性疾患や在宅医療の比重が高まる現在では、必ずしも最適とは言えません。
それでも、現場では「これまでやってきた形」を手放すことが難しいのが実情です。
理由は複数あります。医療は公共性が高く、縮小や転換が「後退」「切り捨て」と受け止められがちです。医療者自身も、これまでの努力や誇りを否定されたように感じてしまうかもしれません。また制度上も、拡大するときは報酬がつきやすく、縮小や撤退には明確な評価が与えられにくい気がします。
重要なのは、過去のモデルを否定することではありません。
そのモデルがどの時代には有効で、どの条件下では機能しなくなったのかを冷静に整理することです。成功体験を神話化してしまうと、現実とのズレを直視できなくなります。
医療を次の世代につなぐためには、「うまくいった方法」を守ること以上に、「うまくいかなくなった理由」を言語化する理性が必要と考えます。
それは医療の価値を下げる行為ではなく、むしろ医療を持続させるための前向きな作業です。 次章では、高齢化社会において、医療が果たすべき役割そのものを再定義します。
「治す医療」だけでは語りきれなくなった時代に、医療は何を担うべきなのかを考えていきます。
