7.「医療崩壊」とは何か

「医療崩壊」という言葉は、ここ十数年、繰り返し使われてきました。救急が受け入れられない、産科や小児科が閉鎖される、地方で病院が消える。現場の切実な声を反映した表現である一方、統計データを見ると「医師数は増えている」「医療費も増加している」と示されることもあり、議論はしばしばかみ合いません。

このズレを理解するには、「何が」「どこで」崩れているのかを分解して考える必要があります。

崩れているのは「総量」ではなく「配置」

まず重要なのは、日本の医療が総量として一気に失われているわけではないという点です。医師数や医療費の総額は、長期的には増加してきました。
それでも現場が「崩れている」と感じるのは、必要な場所に、必要な機能が、必要な時間帯に存在しないという状況が増えているからだと思います。

救急、産科、小児科、地方医療。
これらに共通するのは、負荷が高く、代替がききにくいという特徴です。医療資源が不足しているというより、過重な負担が特定の分野・地域に集中している状態と言えます。

「受け入れ不能」は能力不足ではない

救急搬送の受け入れが困難になると、「病院の体制が弱い」「医師が足りない」といった評価がなされがちです。しかし実際には、病床や医師が存在していても、その瞬間に安全に受け入れられる余力がないことが多いのが実情です。

この「余力」は、統計には表れにくい要素です。
人員配置、勤務体制、専門性の偏り、夜間・休日の負荷。これらが積み重なり、数字上は余裕があっても、運用上は限界という状態が生まれます。

崩壊は「連鎖」で起きる――と考える理由。

医療崩壊は、単独の要因で突然起こるというより、複数の機能低下が連なって顕在化することが多いのではないでしょうか。一つの機能が弱まると、そのしわ寄せが別の場所に集中し、次の破綻を引き起こします。

地域の救急が疲弊すると周辺病院に患者が集中し、その結果として周辺病院でも余力が失われ、診療制限がかかる。こうした“迂回・集中”が地域全体の混雑を増やし得ることは、海外の救急医療研究でも示唆されています(PLOS ONE, 2016)。

この連鎖は、「まだ大丈夫」という段階では見えにくく、限界を超えた瞬間に顕在化します。そのため、崩壊は「突然起きた」ように見えるのです。

「崩壊」をどう捉え直すか

医療崩壊を「医療者の努力不足」や「予算不足」として捉えると、解決策は見えません。
むしろ、医療をどのような前提で運用しているかを問い直す必要があります。

・24時間365日、どこでも同じ医療を提供する前提は現実的か
・地域ごとに担うべき機能を明確に分けられているか
・負荷の高い分野を社会としてどう支えるのか

これらは、医療現場だけでは決められない問いです。

崩壊を防ぐ鍵は「制度設計」にある

医療崩壊は、避けられない運命ではないと考えます。
多くの場合、設計の問題が時間をかけて蓄積した結果です。

必要なのは、崩れてからの対処ではなく、崩れる前に再設計を行うことと思います。
どの機能を守り、どこに集約し、どこで役割を手放すのか。
それを明確にしない限り、「崩壊」という言葉は、これからも繰り返し使われ続けるでしょう。

次章では、医療を「社会インフラ」として捉える視点と、「サービス産業」として設計する視点を並べて考えます。
この二つを対立させず、同時に成立させることが、再設計の出発点になるからです。