MBAから見た病院経営
Dr. Wakabayashi’s Blog


ファイナンス (会社の値段)
「会社の値段」は、誰が、どう決めているのか?「恣意性」を排除するファイナンス理論
ファイナンスを一言で表すと、「会社の値段」を決める理論であると言えるでしょう。
「株価や会社の価値は、投資家の直感や駆け引きで決まるのではないか」。以前の私は、そんなイメージすら持っていました。しかし、MBAで学ぶファイナンスの世界は驚くほど論理的で、「会社の値段」は「主観は入るが、恣意的には決められない」厳格で説明可能なルールに基づいて算出されます。
1. 例えば、こんな会社があったとします
ここに、毎年1,000万円のキャッシュ(現金)を生み出す会社があるとします。この会社の「値段」はいくらでしょうか?
• 銀行に預けて0.1%の利息がつく時代なら、「1,000万円 ÷ 0.001 = 100億円」の価値があると考える人がいるかもしれません。
• しかし、この会社が「来年潰れるかもしれない」と誰もが不安に思えば、値段は一気に下がります。
ここで重要なのは、この「不安(リスク)」を、誰かの直感ではなく「市場データ」というエビデンスで数値化する点です。
2. 「恣意性」を排除するWACC(ワック)とβ(ベータ)
「この事業はどれくらい不確実か(=外因による結果の振れ幅が大きいか)」を測るために、ファイナンスではβ(ベータ)という数値を使います。これは「市場全体の動きに対して、その業界が過去にどれくらい連動して動いたか」という統計データです。
これに、「低リスク」の代表である、国債の利回り(リスクフリーレート)などを組み合わせて、その事業に最低限求められる利回りのハードル(最低ライン)を算出したものが、「WACC(ワック:資本コスト)」です。
「過去の統計データ」から算出されるβ(ベータ)やWACC(ワック)という指標を使い、その事業がどれくらい「不確実(=リスクが高い)か」を数値化するのです。
• 算出のイメージ: 「この会社の事業リスクなら、世の中の投資家は最低でも5%の利回りを期待す
るはずだ」という数値を、過去の膨大なデータから導き出し、これを、WACC=5%とします。
• 価値の計算: 先ほどの「毎年1,000万円」をこの5%で割ると、「1,000万円 ÷ 0.05 = 2億円」となります。この企業の価値は2億円となります。いわば、「年利5%の銀行に2億円預金して、毎年1,000万円の利息を受け取っている」のと同等の資産価値がこの企業にあるというわけです。
これは、「将来にわたって毎年得られる1,000万円というキャッシュを、WACCという『不確実性のスコア』で割り引いて、今の価値(現在価値)を算出している」とも言えます。
経営者が「うちはもっと価値がある!」と主観で主張しても、市場データに基づいたこの「2億円」という数字を覆すには、さらなる論理的な根拠が必要になります。予想されるキャッシュフローや、WACCを構成するβ値などの数値の選択に、ある程度、判断の幅があるので、主観は介在しますが、あくまで、説明可能な数値なので、恣意性は排除できます。これが「主観的であっても、恣意的ではない」と言われる理由です。
3. 医療における「価値の毀損」という倫理
さて、この考え方は医療に応用できるでしょうか。病院もまた、医師や看護師の労働、税金、保険料という「社会の貴重な資源」を投じて運営されています。そうであれば、数値に裏打ちされた、価値評価の対象になるはずではないでしょうか。
自施設の経営が、投じられた資源に対して、社会から求められる一定の基準以上の価値が創出できているか、「社会的な価値を毀損していないか」問われる必要があるのではないでしょうか。
3. 公共性の「限界」を知り、それでも「諦めない」
もちろん、医療は完全な自由市場ではありません。再分配が必要な公共インフラであり、ファイナンス理論だけでは説明しきれない限界もあります。
しかし、その限界を理由に経営の不透明さを放置すれば、医療現場は疲弊し、いつか「持続不可能」という壁にぶつかります。 「価値毀損を諦めの目で見ない」。そのためには、ファイナンスという理論に照らして、自院の立ち位置を、数値を用いて表現し、その価値を周囲に(あるいは行政や銀行、そして共に働くスタッフに)説明してみることには、価値があるのではないでしょうか。
まとめ:志を「データ」で守るために
ファイナンスを学ぶ意味は、決算書を眺めることではありません。 医師が抱く「地域のために良い医療を」という熱い志を、「客観的に価値を創出し続けている」という数値を伴った裏付けで守り抜くことにあります。
主観を「数値的根拠」で説明する。ファイナンスを学ぶことが、医療者が志を永続させるための、最強の「武器」になるかもしれません。

